ささやかな備忘録

いつか死ぬ日の僕のために

ファン文化の「あがる(上がる)」と「降りる」に関するノート ー「担降り」「他界」「卒業」ほかオタクの"ファンを辞める"言葉について

「あの子、〇〇(俳優)はあがったって言ってたよ。…あ、違った"降りた"だったわ」

俳優のオタクと話している時、度々こういった発言をしてしまうことがある。

 

ここでの"降りる"という言葉は、ファンをしていた(熱い眼差しを向けていた、熱量を持って応援をしていた、位の強めの表現の方が正しいか) 俳優のファンを辞めることを指している。元々はアイドルオタク文化、というよりジャニーズのファン文化で使われている"担降り"*1という言葉から派生して現れ、気付けば様々な界隈に広まった言葉のようである。

一方で、私が今もうっかり使ってしまう"あがる(上がる)"という言葉は、主にヴィジュアル系のライブに通っているバンギャが、ファンをしていたバンドのライブに来るのを辞めることを示す言葉である。何かのバンドだけではなく、バンギャそのものを辞める時にも"あがる"という言葉が使われる。私はバンギャを"あがった"元ギャだが、未だにバンギャル文化が染み付いている。それで時折その頃の言葉が口をついて出てしまい、冒頭のような発言が生まれるのであった。

 

この"あがる"と"降りる"の違いについては、昔からよく言われていることがある。バンギャルたちがファンを辞める時は、圧倒的に地下に多いライブハウスから"這い上がってくる"イメージから"あがる"が定着し、ジャニオタたちがファンを辞める時は、明るくキラキラ眩しい天のような場所から"地上へ戻ってくる"イメージから"降りる"が定着していったという謂われである。実際にそういった意味で使用され始めたのかはわからないし、誰が言い始めたことなのかも今となってはわからないが*2、私もあながちそれは間違っていないと思う。

文フリで頒布した『「量産型」のゆくえ』において「量産型」と「地雷系」の相違点について考えた際に、「量産型」が最初は主に大きな会場・劇場・ファッションビルなど比較的明るく開けた場所に集まるファンの界隈(アイドル・俳優・二次元キャラ)に広まったのに対し、「地雷系」は主にホストクラブ、ライブハウス、小さなイベントスペースなど比較的閉鎖的でアングラな場所に集まるファンの界隈(ホストやメンズ地下アイドルに通う女性、バンギャル)に広まったことを論じた。これだけ界隈によって陰と陽の文化のカラーの違いがはっきり現れるのだから、使用される表現ひとつ取っても違いが現れるのは多分にあり得ることだと思う。

 

しかし、それらを踏まえた上で"あがる"/"降りる"文化について考えてみると、「不思議だな」と感じる事がある。

それは、ジャニーズを含む大手のアイドル文化よりも明らかにヴィジュアル系の文化に様相が近いように見えるメンズ地下アイドルの界隈において、"降りる"が定着していることである。

試しにTwitterで「メン地下 降りる」で検索すると、「ファン辞める」という意を含むツイートが散見されるが、「メン地下 あがる(上がる)」で検索しても、そこで見られるのは違う意味で"上がる"という言葉が使用されているツイートが殆どである*3。独特のアングラな文化を持ち、ヴィジュアル系と同じように主に地下のライブハウスや小さなイベントスペースでライブやイベントが行われているメンズ地下アイドルの様相を考えると、"あがる"の方が適しているように思えてくる。*4メン地下のファンたちはどれだけ地の奥深く深くまで"降りて"いってしまうつもりなのだろうか。

 

勿論、ここで何故"降りる"が使用されているのかということも同じように考えることが出来る事ではある。

ジャニーズで使用されている"降りる"という言葉にはもう一つよく知れ渡っているイメージがある。それは年齢が高かったり、人気が高かったりする担当から、若かったり、駆け出しだったりする担当に鞍替えする、という時間や評判の高低差に付随するイメージである。このイメージから考えると、大手であるジャニーズのファンからマイナーなアイドルのファンへ鞍替えすることは"降りる"となるだろうし、そのイメージを持ったままメン地下のファンをしていたら、そのまま"降りる"という言葉を使用するだろうというのも頷ける。実際に大手のアイドルから別の魅力を求めて地下のオタクになるというパターンは多いようなので、そういった流れが積み重なって、メン地下は"降りる"ものになったのかもしれない。

また、意味がどうということは関係なく、単純に自分がいた界隈の言葉をそのまま持って来て流用しているオタクが多いということも考えられるだろう。(ジャニオタの友人もやはり"担当を降りる"のコロケーションの影響では、と言っていた。) 日本の女性のファンカルチャーにおいてジャニーズというジャンルがどれだけ大きな影響力を持っているのかを窺わせる話である。*5

 

実際私がバンギャだった時代よりも長期間いる舞台・若手俳優の界隈でも、以前は"降りる"という言葉はそこまで使われていなかったように思う。(シンプルに"ファンを辞める"という表現を一番見かけたような。)

GoogleTwitterの日時検索で、ひとまず10年前の2013年に絞って「俳優 降りる」と検索すると上記のような意味で"降りる"を使っている記事やツイートはあまり見られない。(最も、この時代やこれより前の時代は、今より掲示板の文化が盛んだったし、Twitterの利用人口も今とは比べ物にならないほど少ないと思うので、表に出てこない部分で使用されていることはそこそこあったとは思う。)

ここから1年ごとに期間を現在に近づけていくと、徐々にファンを辞めるの意で"降りる"という言葉を使うツイートが増えていき、2016~7年頃からは大分多くなってくる。Googleの検索にもトップに近い位置に俳優を降りた人たちのブログなどが表示されるようになる。

この辺りの時期というのは、「ミュージカル刀剣乱舞」や「あんステ」の初演があり、「2.5次元」という言葉がメディアにも段々と認知されていくようになった時期である。私の記憶ではその位の頃まではテニミュドリライとかネルケのドルステくらいしか思いつかないような、演劇+ライブの形式で公演が行われる作品も爆発的に増え、直球にアイドルものの舞台も増えていく。この2.5次元舞台の増加と注目によって、ジャニーズ含むアイドルジャンルから流入してきたオタクが多いというのは私も肌感覚として感じていて*6、それに伴い"降りる"の使用がより一般化していったと考えると、それはすごく納得のできる話であるように思う。

 

他の界隈の"ファンを辞める"の意で使われる言葉はどうなっているんだろうな~と調べていると、昨年作成された下記の記事がヒットした。

【最新版】オタク用語一覧🎀二次元やアイドルも界隈別で紹介 | Lafary(ラファリー)

これが全てではないであろうが、"降りる"の勢力、強すぎる。

みんなどこまで下へ下へと降りていってしまうのであろうか。

ペン卒とは?意味や韓国語での言い方、ペン卒の理由&きっかけを調査 | tretoy magazine(トレトイマガジン)

K-POP界隈だとこれ以外に"ペン卒"という言葉も使われるらしい。二次元の界隈でも"オタ卒"なんて言葉を聞くことがある。"卒業"は分かりやすく、オタク以外の人にも伝わりやすい表現だなと思う。

 

また、先ほど論じていたメンズ地下アイドルに関連して、男性ではなく女性の地下アイドルの界隈では、随分前から"他界"という言葉が使われている。死ぬな。生きろ。とは思うが、こちらは天に昇るようなイメージがあり、雰囲気としては"あがる"に近いように思う。

オタクやアイドル用語の「他界」とは?意味や言葉の使い方、概要(元ネタ)など | 意味解説辞典

意味解説辞典に記事があったので読んでいくと、「オタクを卒業して、普通の人に生まれ変わるという決意」という意味が記載されており、なるほど天に昇る所までではなく、その後の未来も示している言葉なのか…と面白さを感じた。

この"他界"という言葉はコン喫*7界隈でも使用されており、コン喫の中でも女性客の方が多いはずの男装喫茶でも同様の言葉が使用されている。改めて、客層や文化の流入元によって表現が変わるということが良くわかる例かもしれない。

同じようにどちらかと言えばメンズ地下アイドルと近い、閉鎖的・アングラな場であるホストクラブでは、通常は担当を"切る"という言葉が使用されている。ジャニーズ界隈では"降りる"ものである担当を"切る"というのは面白い。これは姫と指名される側のホストの距離感の近さや営業方法の違いによるものであろうと推測できる。縁を"切る"という意味合いも含まれているような気がする。

 

こうして見ていくと、"あがる"を使用しているのはほぼほぼバンギャだけである。そこまで独自の文化で突き進んできたヴィジュアル系文化というものの芯の強さを改めて感じるが、地下にいる他のオタクたちも、辞める時は地の深く深くへ降りていくのではなく、是非明るい地上に"あがって"ほしい。

 

 

 

*1:ジャニーズ文化では自分の好きなアイドルのことを"担当"と呼び、担当のファンを辞めることが"担降り"と呼ばれている。ファンの間ではそれを宣言するということが結構な一大事であるようだ。

*2:私がヴィジュアル系を聞き始めた頃から聞いたことのあった話なので、少なくとも12、3年は言われている事である。

*3:テンションが上がる、自己肯定感が上がる、話題にあがる…等

*4:実際、ヴィジュアル系バンドマンを辞めてメンズ地下アイドルに転向したメンバーもいるし、メンズ地下アイドルをプロデュースしているバンドマンもいたりする。そもそもの親和性が高いのは何となく頷ける。

*5:私は一度も通ってきていないので、たまにそんなことある!?という反応をされることがある。

*6:こうした作品にアイドルグループ所属の俳優が起用されることも多く、それを追ってそのまま舞台の界隈に来る人も多い。

*7:メイド喫茶、男装喫茶などを含むコンセプト喫茶。